十七夜先輩とワタシ

 ワタシの名前はフラーゴラ。露令高校1年生だ。水泳部に所属している。今日も放課後、水泳部で練習に励んでいる。……けど思うようにタイムが伸びない。部長の十七夜(かなぎ)先輩が声をかけてくる。
「フラーゴラ、やったな。タイムが0.8秒縮まってるじゃないか」
「……こんなんじゃ駄目なんです」
 ワタシが想いを馳せるのは部活見学会の時の十七夜先輩の姿だ。人魚のように自由に水を泳ぎ、きらきらと太陽の光を浴びてプールのはしごを登ってくる十七夜先輩。ワタシはその姿にすっかり夢中になり、その日のうちに入部を決めた。
 だから、ワタシには動機があっても才能はなかったのだ。水泳キャップを取り、ワタシの量の多い髪が垂れ下がる。ぺたぺたとプールサイドを歩くワタシはなんだかみすぼらしかった。
「………フラーゴラ」
 十七夜先輩が真面目なトーンでワタシを呼んだ。
「このあとちょっと付き合えるか? 自転車はあるか?」
「……えと、バスだから持ってない……です」
「じゃあ……」

 セーラー服に着替えたワタシたちは自転車に二人乗りしていた。高校前の河川にかかる石橋を十七夜先輩の自転車で渡る。十七夜先輩の腰にぎゅうと捕まり、十七夜先輩の鼓動まで聞こえそうだった。ワタシの胸の高鳴りまで聞こえなければいいのだが。コンビニに着くと、二人で買い物した。そしてワタシは胸中の不安を吐露する。
「ワタシには才能がなかった……それだけ……。きっと、ワタシの体には欠陥があるんです……」
 そこまで言って、は、と思い当たった。十七夜先輩は困ったように笑う。十七夜先輩は左腕が義手だった。どうしよう。ワタシはとんでもないことを言ってしまった──
「ひゃあ?!」
 鼻先に冷たいサイダーを当てられた。十七夜先輩がいたずらっぽく笑う。
「そう思い詰めるな。……フラーゴラの情熱は誰もが知っているぞ。落ち込むのはわかる。だが、気落ちしている姿が私も見たい訳じゃないんだ」

──後日。
「そうか、辞めるのか……」
 十七夜先輩はひどく悲しそうな顔をした。
「先輩……そんなに落ち込むことない……です。ワタシ、他にやりたいことが出来たから……」
「やりたいこと?」
「ワタシ、義肢装具士になります……!」
 義肢装具士とは、つまりは十七夜の左腕の義手などに携わる仕事だ。
「いや、フラーゴラ……そんな簡単になれるものでは……」
「幸い、勉強は成績いいんだよ……。手先も器用なほうだし……先輩ワタシの絵、見たことあるよね……?」
「いや、まあそうだが……」
 ワタシはふふんと鼻を鳴らす。
「覚悟していて待っててね……先輩?」
 ワタシはその時の引きつった笑いの先輩を一生忘れないだろう。

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