メイドバニー1日体験会


 鶏の手羽先にかぶり付く。油が良いのか香ばしさと鶏の肉汁が広がる。レモネードをごくごくと飲み干す。これも悪くない。爽やかな柑橘の香りが鼻腔を突く。パエリアを口に書き込む。魚介と米のマリアージュがなかなかイケる。適当に入った店だったがここは当たりだと思えた。
「お客さん。いい食いっぷりだねぇ」
「そう?」
 店員に話しかけられたがアト・サインは素知らぬフリで食事に夢中になる。なにしろ2日は食べてなかったのだ。
「じゃお代になるけど……」
「あー……、持ってない」
「は?」
「僕無一文なんだよね」
 10日かけて探索したダンジョンは丸坊主。探索のために使った交通費、装備、食料もろもろで手持ちの有り金はゼロ。ダンジョン攻略で何か金策が出来ると期待していたが、その目論みも外れてしまった。
「おい! タダ飯食えるほど甘くはねぇぞ!」
 あっという間に店員たちに囲まれる。まあいつもの憲兵突き出しコースかな。そう思っていたが一応事情を話す。すると意外な展開を見せた。
「お姉ーさんポテトこっちー」
「はいはい……」
「新入りィ!はいは一回!」
「……はぁい」
 ブラウスの首元にはリボンタイを結び、黒の膝丈スカート、それにエプロンドレス。エプロンはうしろでリボン結びだ。頭にはうさぎのブルーブラッドのようなカチューシャ。いわゆるメイドバニー姿のアトがそこにはあった。店長がいわゆるコワモテだが人情派で、アトの事情に「そうか、それは大変だったな……夢を追いかける奴を俺は応援したいぜ」とか何とか言ったと思っていたらメイド服を用意した。今は男物のボーイの服の予備は切らしているらしい。つまりは食べた分働く事でチャラにしてくれるということらしい。
「僕って言うからには男だと思ってたが……。こういう服に抵抗ねぇんだな? しっかし似合うもんだな」
「まーねー」
 ちょっとだけ誇らし気なアト。そこに他のバニーメイドのキャアア、と言う悲鳴が上がった。酒を出す店だ。大体想像がつく。
「お客様……! 他のお客様の迷惑になりますか、はブッ!」
「うるせえ! こっちは金払ってんだぞ?!」
「黙って尻触らせればいいだけの話だろうが!」
 鼻を折られたボーイが盛大に鼻血を飛ばしながら倒れる。女性店員の悲鳴が重なる。他の客の合間を臆す事なくアトは進む。
「はっ! かわいいウサギが何の用だ?」
 手前の男の身長は180cm。大柄な男たちに睨まれる。対してアトは160cmであるから向こうから見れば小柄だ。アトは手のひらを見せる。
「?」
 意味がわからないといった態度の巨漢に、マジックショーのように手のひらを返し3mの棒を取り出す。顎に一撃。並の男ならこれで昏倒するだろう。あっけに取られている隣の男の首に棒をかける。そのまま地面に叩きつける。殴りかかる男には棒で突きを繰り出し、後ろから襲いかかる男には回し蹴りだ。またある男は酒瓶を割って鋭利な部分をアトに差し向ける。アトは右腕でガードする。痛みに顔をしかめる。これは効くと思った男はニヤリと笑うが、アトが左腕でおもむろに尖った酒瓶を引き抜く。すると傷口はたちまち塞がっていく。
「……!、……!!」
 声にならない。そんなとこだろう。男は尻餅をついて後ずさる。アトは隠し持っていたピースメーカーを男の顔面に突きつける。
「お客様。ここは紳士淑女の店なんで」
「はぁー?! ふざけんなバニーごときが」
パン!
 拳銃が火を吹いた。
「威勢がいいね? 命は取りはしないけど腕や脚の一本や二本くらい」
「ひゃあああ! すみませんでしたあああ!」
 男は腰が抜けつつも仲間を叩き起こし店を出て行く。怒涛の展開に店員も客もぽかんとしていたが、間が開けば拍手喝采。口々に新人バニーメイドを褒め称える。
「……給料分は仕事したかな」
 この後店長に正式にウチで勤めないか? と勧誘されたが
「やりたいことがあるんで」
 とクロークのフードを被り直したアトは次なるダンジョンを目指した。

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